PROFILE

プロフィール

三木しげまさ

Shigemasa Miki
1967年
さぬき市志度町の菓子屋の次男として生まれる。
志度幼稚園・志度小学校・志度中学校(テニス部)を経て、
高松高校(サッカー部)に進学。
1990年
同志社大学商学部を卒業後、
総合商社トーメン(現・豊田通商株式会社)に入社。
1990〜
2001年
アメリカおよびオーストラリアに駐在(通算5年)。
日本・アジア向け穀物・食料の国際貿易ビジネスに従事。
2001年
以降
シンガポールに5年間駐在し、東南アジア食料事業を統括。
東南アジア各国において事業・プロジェクトを推進。
2024年
ふるさとさぬき市へUターン。
海外で培った経験を地域発展に生かす活動を開始する。
【過去の経歴/役職】
・豊田通商アジアパシフィック社 豪州アジア食料部門長
・シンガポール香川県人会 初代会長
・輸入食糧協議会 会長
【趣味】
・古民家リフォーム、
釣り、読書、映画鑑賞
【資格】
・船舶免許1級
・日本さかな検定1級
【好きな動物】
・馬と象
三木しげまさ

私の生い立ち

幼少時代

三木しげまさの幼少時代
志度寺の門前町にある菓子屋で生まれ、商売一筋の家族のもとで育てられる。当時の源内通りには沢山のお店があっていつも賑やか。
仕事が忙しい両親はわりと放任主義だったため、いつも志度の海岸や志度寺で遊んだり、本屋やスーパーの棚を覗くのが楽しみだった。
今でも幼少期の記憶の殆どが家から半径500mくらいの出来事ばかりで、ご近所の方々によく声をかけていただいたのを今でも覚えている。

小学校時代

三木しげまさの小学校時代
初めての遠出は小学1年生の時。旧大川町の母の実家まで兄と二人で遠足したのだが、途中寄り道したり川で遊んだりで到着の予定時間をすっかりオーバー。最後は心配した祖父が車で探しに出かける騒ぎに。学校生活で強く記憶に残っているのは故細川哲士先生にご担任いただいたこと。生徒の誰もが慕い、授業だけでなくサッカーの監督としてもご指導いただきました。私が学校の廊下で頭を打って脳震盪を起こした時は、救急車を待たず自家用車で病院まで車を飛ばした命の恩人でもあります。

中学校時代

三木しげまさの中学校時代
中学校では軟式テニス部に所属。郡大会の決勝で強豪大川中と団体戦で白熱の勝負を繰り広げました。この時の部活メンバーとは今でも長いお付き合いが続いています。中学で決して忘れられない先生が3年生でご担任いただいた大山先生。先生ご自身がわらじを黒板に吊るして「高松高校合格できなかったらわらじを履いて旅に出る」なんて願掛けをされる熱の入れようで、おかげで私も諦めない強い気持ちで受験勉強できました。

高校時代

三木しげまさの高校時代
「文武両道」と「独立自主」が校風の高松高校では、サッカー部に入部。一貫して準レギュラーだったものの、3年間最後までやりきりました。同級生はサッカーで共に汗を流した仲間をはじめ、誰もが多才でユニークな個性の持ち主です。今では官民の第一線で活躍している友人もおり、常日頃から身近な社会の問題点やあるべき姿について意見を交わせる関係が続いていることは、私の貴重な財産の一つとなっています。

大学時代

三木しげまさの大学時代
大学は同志社大学に進みました。元々、私が実家の菓子屋を継ぐ予定だったのですが、父の急逝により兄が急遽家業を継ぐことになり、私は一旦香川を離れ、外の世界を学んで来ることを決心しました。それでも、故郷に必ず戻ってくるという思いは強く、高松を発つジャンボフェリーの中で、「これから外で経験を積んで、いつか育ててもらったふるさとに必ず恩返しする」と誓いを立てたことを今でも忘れません。今思い返しても、この誓いこそが、ふるさとに戻り、さぬき市とさぬき市民のために政治の道を志す決意を固めた私の原点です。

会社員時代

三木しげまさの会社員時代
大学卒業後、迷わず総合商社へ入社しました。配属先は小麦などの穀物を輸入する部署。先輩方から「ローマは一日にしてならず」と、繰り返し貿易の教育を受け、日本の食料安定供給を支えるという使命感で仕事に没頭しました。海外駐在では、アメリカやオーストラリアの壮大な大規模農業に圧倒されながらも、「しっかり買い付けなければ日本の食卓は守れない」という思いで、大農場を車で駆け回り、産地調査を実施。本社の判断材料となる報告書を毎晩送り続けました。この頃に私が体得した「商売哲学」は、「情報」「競争」「判断」「ユーモア」といった要素でした。“商は笑にして勝なり”という言葉を自ら掲げていたほどです。
会社人生の後半期は、中国・東南アジアの所得向上により「爆食」の時代が到来。日本の食品輸出も本格化し、私は「アジアの橋頭保を築け」というミッションを受け、シンガポールを拠点に11カ国の食品・食料事業を統括しました。東南アジア各国を飛び回り、多くのパートナーと事業を立ち上げ、部下を育て、企業の経営にも携わりました。この時期に私が仕事を通じて学んだことは、「三方良し」と「相手の視点で考える」「感謝」の重要性です。これらは今も、私の大切な心得となってます。

ふるさと
「さぬき市」
を元気に!

次の世代が誇れるさぬき市をつくるために、
これまで培ってきた経験と情熱をすべて注ぎたい。
ふるさとの未来に光を灯すため、全力で歩んでいきます。

活動はこちらから!
mikishigemasa2025
三木しげまさ